唐草センジュの死ぬ気でボスラッシュ

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スマホゲームから感じる、カセットレスの新時代

私は田舎の中でも都会、ってレベルの田舎に住んでいるからよくわからないんだけど、都会の人々は電車の中でみんなしてスマートフォンをいじっているらしい。(実際のところどうなのかは知らない)

ツイッターをやってるのかパズドラをやっているのか、それとも別の何かしらをやってるのか。見知らぬ誰かがすぐ目の前、すぐ隣でインターネットに接続してるかもしれない空間ってなんだか不思議だね。

と言っても、その光景は次の世代の子供たちにとっては不思議はなくなっていくんだろうなーという話は前の記事で書いた通りで。

閑話休題、ここで私が思うのは、ゲームの遊ばれ方っていうのが随分と変わってきているなあ、ということだ。

 

ていうか、そもそもカセットもゲーム機も無いのに遊べるゲームってなんだ? 何者なんだ?

いや、だって少し前まで、例えばマイナーな携帯ゲーム機なんだけど、ゲームギアなんかだったらあの大きくてかさばるカセットが無かったら遊べなかったじゃん。3時間ごとに電池交換しなきゃいけないくらい、燃費とかも悪かったじゃん。(いやカセットの部分はゲームボーイも同じだけど)

それが今やなんだ、携帯電話で、カセットなんかいらずに、しかもタッチスクリーン対応のゲームが遊べてしまうわけだ。

なんだそれ。未来かよ。

いやいや、よく考えたら、よく考えなくても大変な事ですよ。

なんだそれ。まずケータイでゲームが遊べるってなに? カセットがいらないってなに? なんで画面を触っただけでゲームができるの? ていうかケータイがタッチスクリーンってなんだ?

少し前だったら考えられないような光景が、今やそこかしこで見られちゃうって、かなりヤバいと思ってる。

 

しかし、だからこそスマホゲームが流行ったのだろう、と私は思う。

例えば忙しい生活のなかで、電車で移動中のスキマ時間に何とかゲームをしたい、という人にはスマホで遊べて、しかもカセットがいらないゲームっていうのは持ち運びもカンタンだし携帯電話だから電車の中で遊ぶのも抵抗が少ない。敷居が低いっていうのは、かなり大事なポイントだ。

そこで私が少し気になっているのが「ダウンロード版」だ。

インターネットを通じてデータをダウンロードし、カセット無しでもゲームを遊べるダウンロード版(この場合のカセットは、ディスクでもソフトカードでも構わない)。ゲーム機の世界においてもソフト離れが進んでいるということ、実は私はこれが怖くて怖くてたまらない。

そもそも私はスーファミのカセットがゲームキューブでディスク式に変わった時、というかスーファミメガドラっ子だった私がプレステのソフトはディスク式だと知った時に、それはもうものすごい衝撃を受けたのだ。

確かに便利かもしれない。めちゃくちゃ便利かもしれない、っていうか実際便利だと思う。だって、かさばるものを持ち歩く必要がないし、ソフトが無くなって遊べなくなるって心配もないし、SDカードが無くなったらダメなんだけど最近のハードはそれも対策されてるし(New3DSとか)。「もうゲーム機だけでいいんじゃない?」と思うほどに最近のダウンロード式のゲームソフトは便利だ。

でも私は、だからこそ「それって本当にゲーム機なの?」と思うのだ。

これは完全に私の頭が古いだけっていうのは分かっているんだけど、ゲームって、ゲーム機があって、そこにカセットを挿して電源を入れて、上手く付かなかったら端子に息を吹きかけたりなんかして(でもこれ、実は端子に湿気が溜まって良くないらしい)、そういう風に遊ぶものなんじゃないの?と思ってしまうのだ。

というか、単純に触れるソフトが手元に無いのは寂しい。カセットに印刷されてるシール、それに描かれているゲームの世界の様子。大きいヤツだとホコリが溜まったりもする端子部。そういうワクワクする要素って、やっぱりダウンロード版には無いものなんじゃないだろうか。

最近のゲームのパッケージの、説明書がない現象にも同じことを思う。今やパッケージ版であっても説明書はケースみ紙切れが一枚くらい挟まれてるだけで、あとは電子説明書にお任せだ。説明書がないってことは、ゲームを遊ぶまでのワクワクが、パッケージ版にすら最早ケース裏にしか残っていないと言う事。

ワクワクできる要素が少ないのは、やはり寂しい。

 

とは言うものの、別にだからといって「昔のように戻せ!」とかそういう事じゃない。

だって、スマホゲームは別としても、ゲームは基本的に子供が遊ぶものだからだ。

勘違いしちゃいけないけれど、私はもう18になって、ゲームを遊ぶ歳からは随分離れてしまっているのだ。……もしかしたらこの考えも古いのかもしれないけど。

それでも、やっぱりゲームって、新しい世代の子たちが遊ぶものだと思うし(というかそうであって欲しい)、だからこそ別に私の懐古的な意見を聞く必要はない。

ゲームにはいつだって子供の意見が反映されるべきだ。私はそう思っている。

だから、今の子供たちにはたくさんゲームで遊んでほしいし、そこから色んな事を学び取って、感じ取ってほしい。

かつての私がそうだったように、あのワクワクをたくさん経験してほしい。

私はもう子供じゃなくなったから、最近のゲームに対して思う所っていうのはこういう風に結構あったりするんだけど、今を生きる子供たちには、パッケージ版じゃなくても、ダウンロード版でもスマホゲームでもなんで、ゲームを自分の思い出のゲームとして語れるくらい、ゲームを遊んで、ゲームを好きになってほしい。

そしていつか「オレたちが子供のころ、ちょうどダウンロード版が流行り出したんだよな」とか「あの頃の説明書と言ったら電子説明書が主流だったよね」とか「あの時代ってめちゃくちゃスマホゲーム多かったよね」とか、そういう風な話なんかをしてくれると、私はとても嬉しい。

カセットが消えて説明書も消えて、どんどんと変わりゆく今のゲームが、子供たちにとっていい思い出になることを切に願っている。

 

……いい話っぽくシメられてたら、狙い通り。

 あ、でももし要望聞いてくれるならせめてパッケージ版にはお願いだから紙の説明書付けてください。マジで。